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zoom RSS 想像力は退化していくのか?

<<   作成日時 : 2016/12/11 04:04   >>

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今年はVR元年なのだそうだ。VR…バーチャルリアリティ(仮想現実)の技術が飛躍的に発達したからである。おそらく若い頃の私だったら大いに興味を持って体感しに行っていただろうと思う。新技術の開発に関心が高かったからである。

 しかし,今回のVRにはあまり興味がわかない。というより医学的分野などの技術的能力を訓練する手段としてのVRや,介護分野など生活に直結する分野のVRを別として,VRは特に子どもたちにとって好ましくない影響を与えるのではないかと危惧しているのだ。

 VRは今に始まったことではない。たとえばテレビだって立派なVRである。私が若い頃に研究していた視聴覚教育などまさにVRを取り入れた先駆けのようなものだ。その私がVRに危惧を抱くのは矛盾しているのかもしれない。しかし,体験学習がもっとも重要と思うようになった今ではその危うさを実感しているのだ。これ以上教育の世界に仮想現実はいらないと思うのである。

 もともと様々な科学技術は人間生活を便利により豊かにするためのものであるが,一方で人間のもつ動物としての能力を退化させる傾向がある。便利さになれてしまうと,本当は自分の力でやらなくてはならないことまで機械がやってくれるため,必要な力が衰えていくのである。カーナビが進歩したおかげで地図が見られないだけでなく方向感覚や土地勘といったものが衰えていくという話も聞く。

 かつて,ある学校に在職していた頃に国語の研究をしていたときがあった。とくに朗読の能力に焦点を絞った研究であったが,この研究で講師として指導していただいたのが日本の国語教育界の重鎮K先生であった。先生からご指導いただいた中でもっとも印象に残っているのが「読む指導は想像力を身に付けさせるのが最も重要な課題だ。挿絵などもない方がいい。授業の中でそのときの情景を大いに話し合わせ想像力を伸ばしてやりたい。」というお話だった。そして,「想像力さえ身についていれば他者の気持ち,考え,痛みなどを想像し,おたがいを尊重しあうようになる。」と話された。

 本当にそうだと思う。想像力は思いやる力の原動力でもあるのだ。ところが厄介なことにこの想像力というものは数字で表すことが出来ない。テストの点数という形で点数化できないのだ。もともと想像力は個性に裏打ちされているので正解がない。だから学習指導でも難しい分野なのである。
私が現役時代子どもたちに常に言っていた『他人の痛みの分かる人になれ』という言葉は,まさしく想像力の必要性を説いたものなのである。

 こうして考えてくると,VRは少なくとも教育の世界ではあまり好ましくないものに思えてくるのだ。以前,ホームページのエッセイコーナーに載せた客家の教えについての拙文http://www2u.biglobe.ne.jp/~OKACHAN/essay/essay.html#13の思いを改めて強くした。
やはり『百見は一行にしかず』である。

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